明智光秀公顕彰会 2006年度 総会
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①西教寺の門前碑の前で。 俺。
②西教寺 正門前になびく顕彰会の旗
③明智光秀公とその一族の墓
④総会の様子
⑤筑前琵琶『明智左馬之介、湖水渡り』の弾奏を終えたシルヴァン・ギニャール氏

時は今 雨が下しる五月(旧暦)、なので行ってきました、年に一度の総会に。この日は全国から会員が集結。
明智光秀公顕彰会の総会は、光秀公の御命日6/14に、菩提寺である近江坂本の西教寺で法要とともに開かれる。あ~、2年ぶりの出席だな~。天田さん(郷土史家)、日本大正村の三宅さん(明智光春、子孫)、皆さんお久しぶり、お元気そうだ。あ、作家の中島道子さんだ、相変わらず迫力あるオバサンぶりだ(笑)。
13時から本堂で光秀公の追善法要が盛大に営まれる。 焼香中、マスコミカメラマンの遠慮ないフラッシュにイライラする。気が散るな~。場を多少はわきまえてくれ。

その後の総会で、昨年度の会計決算報告があり、いよいよ講演にうつる。 今年は、夙川学院短期大学教授 高島幸次氏の講演『明智光秀と近江の土豪』と、大阪学院大学教授 シルヴァン・ギニャール氏による筑前琵琶演奏だ。
講演は、先生のユーモラスな語り口に魅き込まれた楽しい時間だった。 近江土豪衆の性格と動静を見極めた、信長の統治手腕の卓抜さと、その後の悲劇との結びつきが、俺にとっては新しい話題で新鮮だった。 講演資料として配布されたレジュメに、「反逆人名集見立角力」(明治9年)っていう、歴史上の反逆人を相撲の番付にならって格付けした一覧表が載ってるが、それを見ると平将門や蘇我入鹿、天草四郎や松永久秀らを押さえて、明智光秀公が堂々、最高位の大関格(横綱は大関の中の人格者に与えられた名誉号)に。それに明智光春、斎藤利三の二人も前頭に入ってる。明智だけで3人もか!

明智光春は本能寺の変のおり、安土から琵琶湖の対岸の坂本まで、敵陣をくぐり抜けてただ一騎、愛馬とともに湖水を泳ぎ渡ったエピソードをもつ、光秀公の女婿。ギニヤール氏による筑前琵琶は、その湖水渡りの情景を、哀惜豊かに謡いあげてて、ちょっとシンミリさせられる。
最初は外国人の琵琶だし、どうなん?ってちょっと心配したけど、吟詠、心に染み入り、良かったよ。

閉会の辞を述べる副会長の中島道子さんの話に、今年5月、NHKで放映された「歴史の選択 本能寺の変・織田信長VS明智光秀」の番組で、放送時間制限内で全国視聴者からの人気投票が行われた話が出た。最初は圧倒的に信長票が優勢!このままぶっちぎりか!?と思われたが、番組が進み、放送終了時点の集計結果をみると、なんと!約1500票差で明智光秀公の逆転勝ち(^_^)v
光秀公の“本能寺の変”に対する論調も年々変化し、明るくなってきたのかな。 顕彰会としては快哉!万歳である!

「明智光秀の本能寺の変に対する評価に、いつか決着のつく日はくるのか?」

そう問うた人に、顕彰会副会長、木村至宏(成安造形大学学長)先生が穏やかにこう答えてらっしゃった。

「我々、明智光秀公顕彰会があるかぎり決着はつきませんよ(笑)」

俺も。 そう思った。
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by mop-okamura | 2006-06-15 15:07
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