<   2006年 09月 ( 22 )   > この月の画像一覧
文楽の巨星、墜つ。
b0087245_1102631.jpg

文字通りの“浦島太郎”
合宿から帰るといつも、世間の様変わりように目をパチクリ。

考えてみりゃ、一滴文庫にいる期間というのはちょっと浮世離れしている。
日没とともに稽古は終わって、漆黒の闇の中、手探り足探りしながら(…ひと足ずつ虫の音を消して)茅葺き舎まで行き着けば、皆一様にテーブルに「うへ~♪」と腰を落ち着けて後はもうただ雁首並べてワイワイワイ。
今でこそTVを置いたからまだ世間の情報にふれられるけど、新聞はやっぱり若狭本郷の駅まで車で買いに出にゃならんし、今もやはり隔離されたコアな世界に自分がいるということは痛感せざるを得ない。
9・11同時多発テロの時も、ちょうど合宿中で、あん時はTVもなかったから当日は、夜、台所の勝手口に残飯を漁りに姿をあらわした野性のタヌキに、もの珍しさもあったし俺らは親しみをこめて“ぽん太”と名づけて、「お~い、ぽん太~」 「ぽん、やぁ~い」とか呼び招じてたもんな。
   。。。平和なものだ。
半月後 テロの話題でもちきりの世間に帰ってから、本当にビックリしたな。 タヌキに化されたみたいやった。

今回も、首相が変わってたり色々世間の動向は激しいが、人間国宝の吉田玉男氏の訃報がおもいがけなかった。 氏が遣う文楽を一度だけ生で観たことがある。曾根崎心中の徳兵衛だ。氏の人形はほとんど動かないし、それが持ち味だと言われているが、いったん動きだす人形の初動の大胆さが俺はけっこう好きだったな~。御冥福をお祈りします。
[PR]
by mop-okamura | 2006-09-27 11:00
PS.旅の終わりに
b0087245_10593887.jpg

b0087245_10593921.jpg

帰りは新潟港から一路、若狭まで陸路で帰る。
途中のSAで見かけるお土産モノが楽しい! のだけれど、まぁ、あまりキーホルダーの類いを買うことはなくなった。でも時々「お~っ!こっ、これはッ…☆」ってものに巡り会ったりしてなかなか侮れない。
新潟から北陸自動車道に乗って上越市を越えた名立SAで、“上杉謙信ドラえもん”を見つけた時は福島で“野口英世ストラップ”を見つけた時以上に嬉しかったな。ドラえもんが甲冑に身を包んで法布を被るさまは、まさに上杉謙信スタイル!そしてちゃんと毘沙門天の「毘」の字を白く染め抜いた旗印を手に持ってる! 猛将・謙信の顔がドラえもんってのがなぜか笑えて可愛い(^-^)~♪
やはり、歴史上の人物にハマる傾向があるなぁ、オレ。

“謙信ドラ”のストラップ、すごく気に入っている♪
甲府に行けば“信玄ドラ”もあるのかな~?
[PR]
by mop-okamura | 2006-09-27 10:59
さらば北海道!
b0087245_16351449.jpg

b0087245_16351473.jpg

b0087245_16351456.jpg

b0087245_16351581.jpg

b0087245_1635155.jpg

積雪対策のためだろうか北海道の家に瓦屋根はほとんど見られない。だいたいはカラフルな原色のトタン屋根だ。今回初めて車での公演地移動を体験し、道央自動車道を突っ走りながら北海道らしい光景をたくさん見られて良かった。行きは台風13号と追いかけっこしながらの北海道行きだったけど、帰りの日本海は静かで揺れもほとんどない。陽が海面に反射して、まるで鏡の上に船が浮かんでるよう。

小樽港を出港するや、カモメが名残惜しそうにどこまでもどこまでもついてきた。

① 小樽港を出港。 追いかけてくるカモメの群舞。
② 頭上スレスレに飛び去るカモメ
③ 夕暮れる奥尻島を望んで。
④ 日本海の夕景。水平線に沈む夕日。
⑤ 新日本海フェリーの心憎い演出。Pm 7:30 津軽海峡南洋上ですれ違う小樽行きフェリー。こちらの船も向こうも、汽笛を鳴らしあって挨拶しながら行き過ぎる。航路の安全を祈念。

(9月24日)
[PR]
by mop-okamura | 2006-09-26 16:35
竹人形 in 札幌
b0087245_5495158.jpg

岩内公演は会場が大ホールだったから、1メートル弱の竹人形を観るには後ろの方の席はちょっとキツかったかもしれない。でも札幌会場の「やまびこ座」は人形劇専門ホールだから、どこからの角度でも人形がよく見えるように出来ていて本当に良いホールだ。札幌公演では崎山の竹人形を持って終演後に客出しに出向いたので、子供からお年寄りまでいろんなお客さんの声を直に聞けて面白かった。
だいたいいつも、本番で見た竹人形が実際よりもかなり大きく見えたという感想が多い。今回は竹人形そのものに興味を持たれたお客さんも多かったようで、「なぜ、男性の竹人形の頭だけむき出しの笊(ざる)のままなのか?」(→答、将軍様も農民も老いも若きも身分を問わず、人の頭は皆おなじひとつの笊にすぎない、という水上勉の人間観による) 「なぜ、竹人形の指は全て4本なのか?」(→答、人形の指はどういうわけか5本につくると逆に1本多いように見える。バランスの問題かな)などの質問もあった。

札幌の街で竹人形が舞った記念すべき日になれば嬉しい。

(9月23日)
[PR]
by mop-okamura | 2006-09-25 05:49
札幌公演!
b0087245_12433159.jpg

b0087245_12433195.jpg

b0087245_12433170.jpg

b0087245_12433135.jpg

いよいよ札幌公演です。
あと1時間半で開演。 開演前のつかの間の静けさの中で心を落ち着ける。ボス猫の名人芸の“語り”に命を吹き込まれる竹人形も、今は舞台袖でひっそりと息を殺しています。
もうしばらくで開演。 語りの名調子に乗って今日はどんな人生を舞い見せてくれるのだろう? 竹人形の竹が今はまだひんやり冷たい。竹人形を遣いながら、その竹が人肌に温もってくる瞬間を感じながら今日も舞台に立つ。

竹が、生きるのだ。

① 玉枝
② 喜助
③ 崎山
④ 船頭
[PR]
by mop-okamura | 2006-09-23 12:43
岩内公演 終了
b0087245_14121996.jpg

b0087245_14121975.jpg

b0087245_14122079.jpg

竹の自生しない北海道で、初の竹人形文楽を上演し好評のうちに幕を閉じることができました。

打ち上げも、岩内公演実行委員の方々を交えて岩内町の夜景を一望できる高原ホテルにて盛大にもりあがる。なんでもこの9月21日は岩内の町にとって「縁」の深い日だという。内田吐夢監督の映画『飢餓海峡』の岩内ロケがスタートした記念すべき日に公演日が重なってるという奇遇。いいカンジ。
実行委員会の方も教育委員長も僕らに話される時はキレイな標準語なのに、仲間内の会話はすごく訛ってて聞いていて楽しい。関西弁の浸透度はどうなのかな? 芝居の中で崎山が登場する冒頭、テンポ良い関西弁に客席がキョトン(?)としてるふうな空気を舞台の上からは感じたな。

あ、例の竹の灰皿(^-^)、開演前に受付でスペースをもらって展示してみたら、開演前に既に無くなってしまった。一同びっくり! いただいたお金は劇団の資金にいたしますm(_ _)m

① 北海道新聞 9月21日
② 竹を楽屋の鏡前に仮展示してレイアウトに腐心(笑)
③ 岩内町 夜景
[PR]
by mop-okamura | 2006-09-22 14:12
いざ北海道・岩内町へ③
b0087245_10462953.jpg

b0087245_10462927.jpg

b0087245_10462950.jpg

b0087245_104629100.jpg

岩内町のマスコットは「タラ丸」と言って町のそこここでやたら見かける。タラコ唇の鱈がアスパラガスを抱えてるご当地「タラ丸ストラップ」も買った。ここでしか手に入らんやろなぁ~って思い、旅の記念にね(^_^)。

(9月21日)
[PR]
by mop-okamura | 2006-09-22 10:46
いざ北海道・岩内町へ②
b0087245_10425499.jpg

b0087245_1042544.jpg

b0087245_10425427.jpg

b0087245_10425447.jpg

舞台搬入までの短かい待ち時間を利用して、ホールに隣接する木田金次郎美術館を駆抜けるようにして展覧する。
渡辺淳さんが福井の“農民画家”なら木田金次郎は北海道の“漁民画家”で有島武郎の“生まれ出づる悩み”のモデルとなった人物だ。
岩内の大火後の港の原風景を描いた絵の前で足が止まった。木田金次郎氏の絵は近くで見ると色の迷彩ばかりが目に飛び込んでくるようで、構図よりも先にその色味で目が引っ掻き回され目がチカチカするが、絵から2メートル位ちょっと離れて見るコツをおぼえると、今度は踊る色彩が落ち着いて沈み、構図がはっきりと浮かびあがってくる。お日様が印象的で青鉛色のそれは線香花火の玉のように燃え盛ってぶるぶるしてる。
若かりし水上勉が文化公演で岩内町に訪れた時に木田金次郎に会い、それが「飢餓海峡」を書きまとめるひとつのキッカケになっている。

話は変わるが、北海道には竹は生えていない。そこで、こないだ福井で伐り散らかした竹の余りで竹の灰皿、ペン立て、小物入れなんかを作って公演記念にプレゼントしたら、お客さんに喜ばれるんじゃないか? カンパの箱でも置いておけば小銭でも貯まるかも(笑)…空想は膨らんで、今それをもとに飢餓海峡ごっこで遊んでる。その竹灰皿で財をなし飢餓海峡の樽見京一郎なみに“灰皿御殿”におさまった成り金の自分を演じて皆を笑わせてる(笑)。今では、余った竹を暇を見つけて切ってると、皆が「灰皿御殿用の竹?」と声をかけてくる(笑)。舞台の仕込みで竹を切ってても…とにかく竹を切ってる姿があれば「灰皿御殿?」(笑)。ちゃうちゃう!
おじいちゃん3人衆による“船頭物語”とともに長い公演期間の合間に生まれたエピソードのひとつだ。

① 木田金次郎美術館収蔵 『大火直後の岩内港』
② 若き日の水上勉と木田金次郎
③ 岩内町古地図。 国鉄岩内駅が見える。このあたりは岩内の大火で全焼した。木田金次郎の家も自作品1500点もろとも灰塵に帰した。
④ 一滴文庫で切った竹の余材(灰皿・ペン立て・小物入れ等に)

(9月21日)
[PR]
by mop-okamura | 2006-09-22 10:42
いざ北海道・岩内町へ①
b0087245_3251269.jpg

b0087245_3251229.jpg

b0087245_3251246.jpg

b0087245_3251265.jpg

① 苫小牧の朝
② 小樽の昼
③ 岩内町
④ 岩内港

飛行機隊とも無事合流でき、『飢餓海峡』の舞台、岩内町(小説では岩幌町と変名)に入り岩内地方文化センターで舞台を仕込んだ。岩内に入るまで、途中小樽に寄り北一硝子店を見たり蔵屋で味噌ラーメン食べたり、今日のスケジュールには余裕がある。
岩内町は道が広くて家が小さいから、なんか隙間だらけ。町の印象は白っぽく褪せているカンジ。漁港だから海がすぐそこでウミネコがすごく近くを掠め飛ぶ。そんな町。
飢餓海峡でもふれられてる昭和29年の“岩内の大火”の町に俺は今いるんだと思えば感慨深いが、今その傷跡に思いを馳せるに助けとなるものはあまり残っていない。旧国鉄・岩内線は今、道の駅になってるが敷地の広さが当時の駅舎の姿を彷彿とさせるくらいで町の様変わりも進んでいっているのだろう。でも、蝦夷富士と呼ばれる藻岩山と岩内湾は当時のままのたたずまいでそこに在る。

しばし飢餓海峡の世界、犯人の犬飼多吉になりすまして鄙びた漁港のへりで海風にふかれてみた。
[PR]
by mop-okamura | 2006-09-21 03:25
津軽海峡:飢餓海峡
b0087245_0283450.jpg

b0087245_0283580.jpg

b0087245_0283528.jpg

b0087245_0283592.jpg

Am 7:00

秋田湾港を出港するや海上がシケてるとの船内放送が流れる。その途端!たぶん外海の日本海に出たのか大波小波がザブ~ン ドシャ~ッ!卓上の湯呑み茶碗が転げる。おじいちゃんも転がる。
慌ててベッドに飛び込み波の揺れに逆らわないようにへばりつく。揺れのリズムに呼吸を合わせ手足をこわばらせながら、この調子じゃ、もたんな~…と目を閉じる。
  ♪波のォ~谷間にィ~~♪

Pm 12:42

海峡は凪いでいた。
お~!津軽海峡じゃ!「飢餓海峡」じゃ! 竜飛崎が見える下北半島が望見できる。 2時間くらいウツラウツラ眠ってる間にいつの間にか海は凪ぎ、日も射しはじめていた。
日本海の海色は青が暗い。青鉛色というカンジ。デッキに出て大海原を眺め回す。紫外線が強い!デッキの手摺りに肘をかけたら真っ白になった。海の潮(塩)がこびりつく。ぺ。ぺっ。塩辛い~!

Pm 5:57

北海道 苫小牧に無事上陸! 雨が降り始め風もちょっときつくなってきた。台風13号は明日、道北に接近するという。今度は飛行機隊が心配だ。
明日、岩内町で無事会おう!

① 日本海側から東の竜飛崎を望見
② 津軽海峡から今度は南西に見える竜飛崎を望見
③ オープンデッキにて。背景に下北半島。
④ 津軽海峡から南東の下北半島を望見。中央付近に小さくお釜を伏せたようなカーブを描く山が、たぶん恐山。
[PR]
by mop-okamura | 2006-09-20 00:28



岡村宏懇のブログ
by mop-okamura
★以前の記事
★最新のトラックバック
飢餓海峡
from 1-kakaku.com
ハローキティ
from 新解 冗用漢字 ー新しい日..
★劇団M.O.P.リンク
★フォロー中のブログ
★検索
★その他のジャンル
★ファン
★記事ランキング
★ブログジャンル
★画像一覧