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踊れ♪踊れ♪ちゃがま☆狸
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『ぶんぶく茶釜』、快調です!

いや~、お正月の間に仕上げるつもりだった紙芝居絵が、結局今の今までかかっちゃったな。描き始めたらわりと速いんだけど、それまでの“仕掛け絵”の仕組みや細工を考えてる時間が長~い。
出てくる小道具とかも結局めっちゃ多いし、むしろそこが最大の見せ場になってたりする。
ホンマどんな紙芝居やねん、って、なぁ(笑)

今回はほんま3D紙芝居(?)です。もう2次元の紙の上には収まりきれず3次元のこちら側へ、ぴょ~ん♪と飛び出してきます(笑)もちろんCGとかは使ってません。なんせ、この『飛び出す紙芝居』の基本コンセプトは、手作り感や手動(操作)というアナログのチープさにこだわりながら、豊かでゴージャスな内容を実現するってとこにあるので。(ね?ボス猫)

描いた全10枚の紙芝居絵の内、ネタバレせず仕掛けが小さい4枚をUPしました。あっ、それと小道具のひとつ、茶釜狸も♪(写真)。オカソン工房、張りきったっす。今回の製作中に流しっ放しでかけてたBGMは布袋さんのSoul SessionsとDJ OZMA。

モノが仕上がるまで仮絵で稽古してたんだけど、前作『猫の恩返し』『頭のおおきな男』の時以上に稽古の過程で噴出してくる皆のアイデアがやっぱり楽しい。ボス猫の「おおっ!」っていう発想&アイデアの斬新さ、そしてコアラさんの独得な視点にインスピレーションを刺激されて「絵」や「仕掛け」はどんどん変わって発展していきました。その過程がかなりオモロクてコアラさんが言うようにMaking ビデオ作ったらほんま笑えるやろな~♪
やはり創作の醍醐味はコラボレーションにあるなぁ。今回も3人で創ってる感をヒシヒシと感じ、それを楽しんでます。
どこにも類を見ないオリジナルな作品に仕上がったのでは!?

コアラさんの祭り囃子の笛の音色、かなりイケてます、オレも目下の課題である和太鼓の練習しなきゃ。バチ捌きまで芸にできたら最高やん! ♪ ドン ドン ドンガラガッタ ドドンガドーン ~♪

  踊れ♪踊れ♪ちゃがま☆狸

いよいよ来月初旬に本番です。
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by mop-okamura | 2007-01-30 21:47
キ・レ・イ !
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うわっ。美しい!

 なんて美しいんだろう!

今年入ってから見た一番の美しい風景。

原チャリでいったん走り過ぎたんだけど、慌ててエンジン切って乗捨てて橋まで引き返して、眺める。 佇む。

こちらはひっきりなしに車が往来する騒然たる橋の上。向こうがわはし~んと音も人の気配も表立たない静まりの中。

 極端やなぁ、こっちと向こう。
  ここがちょうど境界ライン?

現実に境目があるとすれば、今その切れ目に立っているのだ。

ちょっと我を忘れかけた。
  感覚も無くなりかける…これは冷たい川風に凍えて。

  明と暗
       陰と陽
    仙境

一幅の水墨画の景色が目前に広がっている。
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by mop-okamura | 2007-01-28 09:59
ゆあ~ん ゆよ~ん
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(写真①②) サーカスの華、空中ぶらんこ
(写真③) 二輪自転車を倒れないようバランスをとりながらの曲芸。(スゴイ!あり得ない!)

いや~スゴイね~!。
あまりに現実離れした「離れ技」にリアリティーなんて最初っから吹きとんじゃって、目撃一瞬でもう感覚麻痺!?
麻痺してるから、あり得ない奇芸も平気のへっちゃらで受け入れて、ほらほら、もう見慣れてあんまり驚かなくなってくる。

とにかくず~と、視覚的な刺激に感覚が追いつけないでいる。目の前で起こってることを理解する前に、演し物一切がとっとと終わり過ぎていく。

なんだかこちらまで宙ぶらりんのぶらりんこ。

命綱をつけてやる演目とそうでない演目があった。
さすがに命綱をつけずにやるのを目撃するのは、観てるこちらの緊張感もただごとでない。もしも…のことがあったら、空間を共有してただ観てただけの我々にも責任の一端があるような、なんか罪悪感に苛まれるような…そんな不安定な不安にハラハラして、ほんまに喉はカラカラ、手に汗握る。

そして次の瞬間!

我々を否応なく共犯関係に引きずり込んで、演者は「う!」と息止めてスラリと宙に浮く……宙に浮く人……を「あっ!」と息止めて、ただ眺めることしかできない我々。

 一瞬の沈黙。 ただ、目に映ってるものを見るだけの時間…。

  演者の決め笑顔とポーズ。

どよめきが後を追いかける。 感嘆 安堵 安心 …
こんなどよめき(というか息が吹き漏れる音)はサーカスでしか聞かれないのでは!?

テントはそんな声もいとも簡単に吸い込んでしまい、これまた元のもとどうり。

なんだろうかこれ、この感覚。

たった今見たことが果たしてホントウだったか、ほらもう、なんだかおぼつかない不確実な実感があるばかり。夢のような…

ほんまに夢の小屋だな。

不安定な楽しさを楽しんだ。

★注 (写真について)
サーカスは劇場と違って撮影OKみたいだ。むしろ前口上で『記念にいっぱい撮って帰ってね!シャッターチャンスは盛りだくさん!』と積極的に推奨してた。フラッシュ撮影も全然OKだけどビデオ撮影は不可。
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by mop-okamura | 2007-01-24 21:18
武道のこころえ
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久々に道場に顔を出した。静かな緊張、ピーンと張り詰めた空気。

弓道。

しばらく弓を執ることから離れてたけど、毎年、この一月になると、三十三間堂通し矢なんかも耳にするし、『あ~今年はちゃんとまた弓を引きたいなぁ…』と思い巡らされる。
弓の話は尽きなくて、…あっ、弓って言ってもアーチェリーじゃなくて和弓ね、和弓。袴はいて片袖もろ肌ぬいで引くやつ。禅味とか明鏡の境地(?)とかがなんとなく似合いそうな方ね。

弓との出会いは古くて、高校時代まで溯る。
中学生の時、“鎮西八郎”源為朝(鎌倉幕府をひらく頼朝のお父さん、義朝の世代の武将ね。超人的な剛弓を引き、そのため左腕は右腕よりも12㎝も長かったという。実際、弓やってると左手が強くなるのかな?オレも左手の握力の方が右より断然強くなっていったなぁ。)に憧れてて、入学するやもう迷わず弓道部の門を叩く。
そして怒濤のごとく過ごした高校三年間。
弓道なくして我が高校時代は語れない。
ヤリ高弓道部での輝かしい記念的思い出も今となってはずいぶん遠く、一宮高校弓道部OB会である“桃弓会”メンバーでつながりがあるのは、もう同級生のA井君ぐらいになってしまった。

その後も何度も弓を引いてきたつもり…が、…なぜだろう?
思い出すのはいつも、高校ん時の弓だ。

『そんなハズが…』

弓を引く動作(体配)のなかで、いつのまにか当時の自分そのものになってることがよくある。その時見たのと同じ景色。 当時の自分を感じるのじゃない。色褪せない記憶とかでもない。ほんまに高校生の自分。不思議なこと。

そんな心の景色の中で、弓弦に矢を「筈掛け」してると(矢をつがえるコト)、矢のお尻の「筈」部分が欠けてしまってて弦に矢を掛けられないことがあったりする!こうなるともう射てない…。しまった!なんという不注意!!一連の弓の体配動作の途中なんで、これが試合だったりするともう引き返せない。「筈」が欠けて無くなってるなんて!
→ 筈が無い
     → はずがない
           →『そんなはずがない!』
 弓道用具が由来の日常語(笑)には他にも「勝手がちがう」などがある。余談ですが(^_^)

道場にはだいたい「射法訓」と「禮記射義」が額上げされてて、これを大きく礼唱しなければならない。

《しゃはしんたいしゅうせんかならずれいにあたりうちこころざしただしくそとたいなおくしてしかるのちにゆみやをとることしんこなり…(後略)》

当時、口が壊れるくらい読唱したので、門前の小僧の経読みじゃないけど、意味もあんまり解らず暗記してた。
今日久々に礼唱。
さすがに後半は忘れてしまってたけど、まだまだ寝言のように文言が口をついて出てくる。しかも今はやや漢字に変換されて(笑)

《射は身体周旋必ず礼に当たり、内、志正しく、外、体直くして、しかるのちに弓矢を執ること慎固なり…(後略)》
←多分、こういう意味だろうと自分勝手に漢字をあててるんで、間違ってる可能性は高い(笑)

道場は吹きさらしなので今日のように寒気が厳しいと、黒光りする床板の冷たさは足袋の中に五本指ソックスをはいててもそうとう堪える。でも寒稽古(っていうか気分はもう寒修行?)はキビシイゆえ実力がつくと先生はおっしゃってた。

しばし弓の弦音に耳を傾ける

鷹の羽の矢は高価だから白鳥の矢で、弓も竹製は値が張るからカーボン製のを使う。だけど、素養なんていうとカッコイイけど“弓道の型”や“手の内”(弓の握り方→これをいい加減にすると弦で耳をハネたり顔を強打しケガをする)は身に染みついて息づき、まだまだ錆びてないぞ。

ここ一番って時のために、高校ん時に使ってた赤い羽のジュラルミンの矢を四本、ずっと実家に保管してある。未だ使う機会なく埃の積もるにまかせているので、もう矢の重心バランスも狂ってしまってるかもしれない。

いつかあの矢を射る時がきたらいいなぁって、 いつも、 そして今も、  意識の片隅でこっそり思いつづけているのさ。

(写真①) 道場から見た的場
(写真②) 巻き藁。弓道の型の練習に欠かせない。
(写真③④) 高松市にある平家物語歴史館の那須与一の臘人形。
④の那須与一をみると「口割り」(→矢は唇のラインの高さにくるようにつがえるので、こう呼ばれる。)が下がってるんで、近的(28メートル)の的にはこれじゃ絶対当たらない。これは遠的(60メートル)用の構え方なんで、的の扇まではやっぱりそれくらいの距離があったんだろうねぇ。たぶん。
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by mop-okamura | 2007-01-21 11:30
あれこれ昔話
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ぶんぶく茶釜です(笑)

ここんとこ、やっぱり昔話がず~っと頭ん中に巣くってて、なんか気になることがいっぱい出てきてる。今頃になって(アレ!?このお話って、こんな結末だったっけ…?)って新鮮に驚いてる(笑)

例えばさ「かもとり ごんべぇ」、あの結末に、ちょっとビックリ
あらすじは→
ごんべえさんが欲張って99羽の鴨をいっぺんに捕ろうと首に縄をかけたところ、逆に、鴨に引っ張り飛ばされて、そのままいろんな所を空中遊泳してくお話ね。

あれ、最後、ごんべえさんが東寺の五重之塔のテッペンに墜ちるんだけど、ラストで国宝の東寺もろとも京都の街を火事で焼いちゃって「はいおしまい」。
おいおい!“応仁の乱”とか数々の歴史的戦火を奇跡的に掻い潜って今に至る東寺を、「かもとりごんべぇ」の中で簡単に燃やしちゃってるよ!いいのか!?…
普遍的なお話の中に京都の東寺っていうリアルな固有名詞が出てくるのも、なんか唐突。

「ありときりぎりす」は作為的に結末が変えられてる→あれって最後、きりぎりすが野たれ死ぬ雰囲気で「おしまい」だったんじゃなかったっけ?、今は、結末が哀れだというんで、アリさんに諭された後、食べ物を分けてもらって一緒に仲良く食事して「おわり」。
おいおい!これだとお話の含意、変わるじゃん。ね?

あと昔話で定番の、動物が子供達にいじめられるシーン、あれも問題になってるらしい。イジメが社会問題になってる今を反映して「動物をイジメる」のは良くないっていうことらしい。
でもあのシーンが無いと「浦島太郎」や「猫の恩返し」などの動物報恩譚はやりにくいだろな~。

イジメ部分だけクローズアップするからアレだけど、ストーリーの展開をよく見ればイジメを止めさせた心ある人が動物に恩返しされるっていう話なんだし、問題無いと思うんだけどなぁ。

民間伝承である昔話は、語り継ぐ者たちの願いや時勢が反映されて少しずつ変わっていくものらしい。現実の今の世の中が“暗い”から、せめてお話の中だけでも…と、悲劇的結末や哀れな場面は“明るく”変更されていく。

でもでも。
「ぶんぶく茶釜」に戻るけど、そんな風潮に逆行する『ええっ!?』っていう作品を観たよ。(写真①~③)がそれ。

いつものように油断して観てたんで、予想外なこの話の幕切れ方に、つんのめってコーヒーカップ取り落としそうになったよ(笑)。

なんと! 悲しい結末の『ぶんぶく茶釜』なのだ。

めでたし、めでたし!で終わるお話を、わざわざ悲しく終わらせた珍しい例なんじゃないだろうか?これは(ΘoΘ;)。
もうひとつ、この作品が画期的なのは茶釜タヌキを「ぶんぶく」という名前で呼んでいることだ。
「ぶんぶく茶釜」は称号(というか送り名)でタヌキ自身の名前ではない。あ、「聖徳太子」と同じことね。お正月番組で知ったけど、聖徳太子って人は実在しない。聖徳太子がいたんじゃなくて、いたのは厩戸皇子。彼に後世の人々が与えた称号名が「聖徳太子」なんだそうだ。厩戸皇子が自分で「聖徳太子」を名乗ったわけではない

ちなみに「ぶんぶく」の由来には2説あって
 ① いくら汲めども尽きないこの茶釜で沸かす名湯、これが(…ぶんぶく…ぶく…ぶく)と沸くその音にちなんで、という説
 ② 茶釜タヌキの曲芸を観た観衆は、笑い転げて楽しみ、皆が“福々しい”気分になったという(笑う門には福来たる)。そこでこの茶釜ダヌキのことを後に誰言うとなく《福を分け与える→分福(ぶんぶく)》茶釜というようになったという説。

問題のラストシーンです。

 (ナレーション) 茶釜の姿でいるのはタヌキにとってはやはり無理があったのでしょう…2年の年月がたったある冬の寒い晩のこと、茶釜ダヌキはとうとう高い熱を出して寝込んでしまったのです。
(写真①) ぶんぶく:「オヤジさん、心配かけてすみません。」
     オヤジ:「オラこそ、お前を元の姿に戻してやることが         できなくてごめんよ、ぶんぶく」
    ぶんぶく:「いいんですよオヤジさん…ワタシはオヤジさ         んに出会えて幸せでした。」
     オヤジ:「何を言うんだ(笑)春になって暖くなればきっ         と良くなるさ。そうや、ぶんぶく、よくなったら         一緒に花見でもいこうや」
(写真②) ぶんぶく:「オヤジさん…本当に…ほんとうに…ありが        とうございました。…幸せ…でした…(息絶える)」
(写真③) オヤジ:「ぶんぶくーっ!!」(号泣)

曲芸をして働いてくれた茶釜ダヌキをなんとか元のタヌキの姿に戻してやることはできないものかと、夜な夜な文献を漁り見てたオヤジの願いも空しく、茶釜ダヌキは亡くなってしまったという結末でした。

うぅっ…。 悲しい。
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by mop-okamura | 2007-01-17 01:11
新雪が降ってるよ!
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綿雪こんこん
  こんこんこん
 新年初雪! 雪化粧

新雪こんこん降っている
  こんこんこんこん降ってくる

空も雪色
 風も雪いろ

   何もかも雪白く
    染まってゆく

白雪こんこん
  こんこんこん
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by mop-okamura | 2007-01-07 12:07
新春ドラマスペシャル
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こないだ、
初詣の稲穂を持って七福神を連れて帰ったつもりが、迎鐘を撞いたせいかな? その夜、いきなり金縛りにあった…。
なんか別のもんも混じってついて来たんかなぁ?
初金縛り!
ま、これはこれで目出度いってことにしとけ(笑)

さてさて。
1/3に『明智光秀~神に愛されなかった男~』を観た。
お正月に明智光秀公が主役のドラマが組まれるなんて、ひと昔前までは考えられなかったことで、いや~、新年早々これはホントにめでたい!

が、しかし…。

やっぱりというか案の定というか予想通りと言おうか、史実が…史実がぁ~。もうっ!
ようけ無視しとったな~ (; ̄_ ̄)=3
番組の最後に出た「このドラマはフィクションです」のテロップがちょっと説得力あって可笑しかった。
でもまぁ歴史ドラマと思わずに、人間ドラマ…いや、人間ロマン(?)として見たら…ま、「あり」なんだろう。

セリフの使い回しがいくつか出てくるんだけど、それが秀吉との交情や信長との関係を巧く浮き立たせるに効果的で、途中からドラマじゃなくて脚本を鑑賞するカンジで観てた。
例えばね、こんなセリフが出てくる。

●『海には顔がある。』

光秀亡き後、妻のおヒロが明智秀満に落城寸前の坂本城で『あの方(光秀)は海には顔があるとおっしゃってました…』と物語る。
若い頃、諸国を流浪して様々なこの世の情景を幅広く見てきた光秀は、その経験や感懐を、諸国で眺めてきた海の表情「海の顔」に喩えている。その光秀に信長は『瑠璃色の海を見たことがあるか?』と問う。南蛮の海は瑠璃色に輝くというのだ。もちろん誰も見たことがない。
 信長は光秀の知らない次元(海)を見ている、ということだ。
神と鬼の諸刃の刃である信長に戦国の次の世、つまり「戦の無い平和な世の中」は任せられないとして、秀吉に天下の覇権をバトンタッチさせることこそが我が使命と光秀は信長を本能寺で誅殺するのだが、「山崎ノ合戦」出陣の折に、ふと、おヒロにこう漏らす。
『瑠璃色に輝く海、一度見て見たかったな。』

瑠璃色の海を見せてくれたはずの信長を殺してしまった光秀の、もうひとつの一面が匂う良いセリフだった。

海でもうひとつ。

信長への謀反を心中に期し顔色の冴えない光秀の近頃を見て、おヒロが光秀に『久しぶりに鮒釣りに行きませんか?』と気晴らしを持ちかける。一瞬、パッと顔が輝く光秀だが、すぐに取りやめて、

『いや、わしは殺生はしとうない。』

この“殺生”を(信長を…)ととれば、光秀は信長を本当は殺したくないという意味に解釈できる。また、これを(信長みたいに…)ととるなら、天下布武のために殺生に殺生を重ねる信長の殺戮主義への光秀の抵抗の言葉とも受け取れる。
どっちだろう?

しかしその後、すぐ光秀は思い直しておヒロと鮒釣りに出掛ける。
『釣った魚はそのまま海に放してやればよい。』と言いながら…。
この“魚”を「天下」の比喩とみるなら、光秀に、釣った天下を掌握する野望はないことがわかる。

●『退けば見逃す、退かねば斬る!』

このセリフは、本圀寺に逗留する将軍・足利義昭を襲う三好軍を前にして、光秀が述べた口上である。
このセリフを、ドラマでは次の山崎ノ合戦の時の秀吉の言葉として使わせている。光秀に対して友情的に投げかけさせている。

また、秀吉は“中国大返し”の時、配下に重い鎧や武具をぜんぶ捨てさせ、裸一貫で京へ駈け上らせた。これもドラマでは、信長が浅井・朝倉軍に挟み打ちされた時に殿(しんがり)を買って出た秀吉軍を助勢しに戻った光秀が、起死回生の全軍撤退を采配した時の機知を秀吉が真似たものとして、秀吉を光秀に倣わせている。

ライバルだった相手のやり方を自分が倣うことで、言葉に出しては言わないけど、実は相手を認めていたんだってことを匂わす。そんな手法の多い脚本だった。

あっ。だから、比叡山焼討ちの時、ドラマでは秀吉は琵琶湖の対岸から湖水のど真ん中を船で渡って駆けつけてきたんだけど、 明智秀満の有名な“湖水渡り”の史実を、もしや今度は、光秀側がこの場合の秀吉に倣ったものとして扱かわせるのかと思ったら、さすがにそれは無かった。

そしてラストシーン。

なんと!山崎ノ合戦で秀吉軍と光秀軍は戦わない。互いに部下を下がらせて前に進みでる秀吉と光秀。
  (邂逅の一瞬)
友情と敬意を込めたまなざしで光秀を懐しげに見つめる秀吉。

秀吉:『退けば見逃す、退かねば斬る。』
光秀:『それを言うなら、撃つじゃろう(笑)』
   ― 間 ―
 (竹林に木霊する銃声)

う~む。
光秀の最期が、竹藪の中で秀吉と1対1の火縄銃での対決ってのはどうよ?

西部劇かよッ(笑)!

鉄砲の名手と謳われた光秀が斃れた。自らの役目を果たし秀吉に華を持たせたと、見れないこともない。

と、まあ、長くなるからもう書かないけど、
期待してた「光秀公がなぜ信長を討たねばならなかったのか」、その動機に通説を越える新しみは特に見られなかったなぁ。

このドラマみたいに、光秀の謀反は天下を信長から秀吉に移すためだったという動機づけは、動機じゃなくて「解釈」だよね。既に歴史を知ってしまってる私達の解釈。

でも新年一番に明智光秀公を見られたのは僥倖! 楽しかった(^_^)

もっともっとたくさん取り上げられたらいいのになぁ~。

そう願っている。
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by mop-okamura | 2007-01-05 19:58
謹賀新年 2007
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新年明けましておめでとうございます!
今年もヨロシクお願いします。

(写真①) 初詣に六波羅密寺へ。弁財天様にお参りすると稲穂がもらえるので、毎年古い稲穂を返し新しいやつを貰ってる。一回始めるとやめられない(笑)。 玄関扉の上にこの稲穂を掲げ、その実りの下をくぐり通るようにすると御利益があるんだよ。
(写真②) 六波羅密寺の北側の通りは所謂“六道の辻”。この世とあの世の狭間、境界ライン。 そこの一画にある幽霊子育飴本舗「みなとや」で幽霊子育飴を買う。「ぶんぶく茶釜」を今年はやるし、「子育て幽霊」も有名なお話で、昔話つながりだしね♪ それにしても、新年の参詣者でよく売れてたなぁ。
飴を舐めながら今度は六道の辻を東へ六道珍皇寺へ。
(写真 ③) やぁ!またやってきたよ、小野篁さん。ほんとに好きな像のひとつ。今日は一段と妖気漂うたたずまいですね! 格子窓から接写。
(写真④) 平安初期、昼は朝廷に夜は地獄の閻魔大王に仕えたと言われる小野篁が、あの世へ行く時に使っていた井戸で、冥土に通じている。境内の庭にあるが拝観はできない。
それにしても時間帯によるんだろうか、寺内に人影は全く無い。人でごった返す六波羅と目と鼻の先なのに、ずいぶんとここは趣が違う。落ち着いた気分で鐘楼の「迎鐘」をひと撞き。

  ごおぉぉぅん~んんんぅ

その音色は、十万億土の冥界まで響き届くといわれ、亡者を過たずに迎え導くことのできる鐘だ(←それでこの珍皇寺の鐘は特に「迎鐘」と呼ばれている)。
除夜の鐘を引接寺で、初詣はここで迎鐘を撞く(まぁフツー、初詣で鐘は撞かんか f^_^;)。どちらも小野篁の舊跡じゃん♪
(写真④) 新年最初の“描き初め”はタヌキじゃなくて『紙芝居コンベくん』。
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by mop-okamura | 2007-01-04 02:13
除夜の鐘
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「除夜の鐘」を打てる券を持ってるんで近所の閻魔堂へ行く。小野篁卿開基の引接寺だ。皓皓とした白い月明りで、もう既にいっぱい人が並んでいるのが見える。冷たく凍る外気が新鮮でとても心地良い。

山伏というか修験者みたいな格好をした方々が大きく般若心経を唱える中、一人ずつ引導されて鐘突き堂へ入る。ちょっと緊張する。

旧年と新年の境目に鐘をひと突き。

 ゴォ~ン

2006年さようなら、新しい年へ先ず一歩。

(写真①) 除夜の鐘・整理券
(写真②) 本尊の閻魔大王(伝・小野篁 作)
(写真③) ほら貝をブォー!と吹き、般若心経を高唱する修験者の方々。本堂から楼鐘へ向う。除夜の鐘突きがいよいよ始まる!
(写真④) 鐘。 暗くて分かりにくいが真ん中にある。
(写真⑤) 左端に小野篁卿の名前が見える。精霊堂の中に小野篁の木像があるので見たかったが、あいにく閉まってた。戸の隙間からちょっと伺う。
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by mop-okamura | 2007-01-01 02:27



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