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平太郎と、おりん
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『はなれ瞽女おりん』公演、無事に終えることができました。

 「今回、なんかすっごく目つき悪いで。人相悪く見える。目、
  悪なったん?」

んー。目はたぶん悪なってるな。
それでかな?とも最初は自分でも思ったが、んー、平太郎の役柄が染み込んで、そうなったのかも……なぁ~んて、今ちょっと落ち着いて思い返してもみる。

一週間、平太郎「役」に付き合って、今回、約2年ぶりにこの役と再会したわけだけど、いろいろ発見があって面白かった。

自分の味方、仲間、虫の好かねぇヤツも含め、多くの人と関わりあって私達は生きてるわけだけど、他人の目に映った自分と自分が思う自分ってのが、大きく違ってたりする時って、傍からの印象はたぶん上書き上書きの連続保存になっていって(笑)…それでいて、結局、「本当の自分」は伝わりきれてなかったりするんだけど。

平太郎の身で考えてみる。

そして、
 他人の見た自分 → 私(岡村)から見た平太郎
 本当の自分 → 平太郎自身(平太郎本人が考える自分自身)
と置きかえると、
私はこれ迄、平太郎の外側ばかりをなぞって平太郎を分かった気になって、演じてたような気がする。
今回、平太郎と私の境目(垣根)が、わからなくなる瞬間が演じててちょっとあったことが楽しい。(別に、私が平太郎に似てるって意味じゃないよ)

平太郎はちょっと見、かなり手強い人物だ。

人が人を殺す戦争を憎み、病気の母を助け、目あきが盲目の女を手ごめにするのを許せない正義漢である反面、軍隊では根性の汚ぇ上官を何度も殴り倒して反抗し、その罪で独房に入れられるが、すぐに脱走。兵役を拒否してついに国賊の身となり憲兵に追われつづけることになる。身を隠して流れ者の生活をする途中で、おりんに出会うが、行く先々で他人とぶつかり悶着を起こしつづけ、やがては、おりんを弄んだ男をカッとなってノミで突き殺し、今度は殺人犯となってしまう。

平太郎とは、まぁ一見、そんな男である。

平太郎は最後、捕らえられて惨い拷問を受け半死半生になって断罪を待つ。そして、獄中で、訪ねて来たおりんと再会する。
平太郎がおりんに言う台詞に、
 「…人が人を殺しちゃいけねぇ。オラ、今その報いを受けて断
  罪を待っとる…」
前まではこの平太郎の言葉を、懺悔の言葉だと解釈してたし、平太郎は最期に改悛したのだと、そう思ってた。
けど、今回あらためて演ってみて、違うかなって思った。

このセリフは、相手が唯一無二のおりんだったから、素直に吐けた言葉だったんだ、と今思えて仕方ない。
平太郎がおりんに対してだけ見せた顔であり言葉だったと、思う。
平太郎はおりんによって変わっていったが、どうでもいい他人の前では、平太郎は、依然、平太郎のままでありつづけ牙を剥いたろう

平太郎は銃殺の瞬間まで獄吏には頭を下げなかった気がする。
 (オラは間違ったかもしれねぇだが、けッ、お前ら(獄吏)如き
  に裁かれる筋合いが、どこにある?)
きっと傍目には最期まで、唯我独尊のままだったに違いない。
おりんだけには真実の理(ことわり)を説き、
自分自身に対しては、それが自分や!と誰に悪びれることなく平太郎は平太郎として死んだような気がする。
素直じゃねぇな~、って思うけど、わかるような気もする。

盲目のおりんが心の目で見た“平太郎”を平太郎自身(!)が嬉しく受け止めててほしいと私は思う。

平太郎が最期におりんに語ったのは、懺悔や謝罪の言葉で包まれてるけど、「自分は何者だったか」の告白である。平太郎が語った「自分自身」である。

そこに、おりんの見た兄さま(平太郎)は語られていなかった。
きっと、平太郎本人すら口で説明できない平太郎自身を、おりんは盲目の目で見抜いて、理解していたのだろう。

「自分が思う“自分”」と「他人が見た自分」の距離感が、今回すごく気になった。

向き合った人によって、人は変わるんだろうな、きっと。

対する相手によって、接し方は変わるし、それが違った自分の印象を相手それぞれに与えていく。
平太郎という「人間」は、他人が持ってる彼に対する印象をどんなに掻き集めても、単なる彼の一面しか見えてこないし、彼という人間を結局理解できないままに終わるだろう。

本当の理解者が、この世に一人でもあったことが、平太郎を救っていると思った。

平太郎は、おりんによって救われた。

そして、そんなおりんこそが、
 「仏様みてぇな人だな」
と思うのだ。


そんなことどもを、
目つき悪い顔して(笑)、今、ぼんやりと思っている。
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by mop-okamura | 2007-05-29 23:36
一滴便り ③ ~平太郎の俤~
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『はなれ瞽女おりん』の初日が無事開きました。

この作品での私は人形遣いではなく、“影”として、おりんの相手役「平太郎」を演じます。
竹人形文楽なので、「語り」の台詞に合わせて、人形ならぬ“自分自身の影”を動かすのですが、自分自身の影であってそうでない。
平太郎でなければならない。

おりん人形は、オープニングで三味線を手にした途端、木偶から、生を吹き込まれた“おりん”として生きはじめる。
もちろん、「語り」の中で。

ふと、思う。

平太郎はいつ、“平太郎”になるんだろう?

「語り」の声音が「平太郎」に切替わった瞬間、
平太郎の「影」は動き出す。

そして「語り」の息遣いがそのままピッタリ私の息遣いとなり、演じる中で私は、シャ幕いっぱいに映し出された「(私の)影」の一挙手一投足を追う。
影の顔を凝視し、睨み見ているうちに、ふと「平太郎」の顔、というか面影をその影の中に見、感じる瞬間がある。
一瞬、平太郎の顔が見えた気がするのだ。

そんな時、舞台には、確かに“平太郎”がいる。

本番中、
おりんと平太郎の、切ないけれど美しい人生を、演じながら私も眺め、見守っているんだろう。
幕が下りて、おりんが再び人形に返る。
そして私達はカーテンコールに出る。
おりんと平太郎がたった今までそこにいた舞台はまだ温かく、二人の気配だけが静かに残る。

しかし、おりんと平太郎はそこにはもう居ない。

二人はどこかまた遠い所へ行ってしまったような、そんな心持ちになる。…一抹の寂寥感を感じながら。

平太郎は大八車に、おりんとおりんの心を乗せて、無器用だけれどしっかり包みこんで、きっと今も何処かを、一足ひと足、押し曳き歩いているにちがいない。

ギィギィ軋む轍の音と、おりんの鈴の音。

おりんが見た平太郎の背中。

『おら、兄さまの顔が見えんことが悲しい。おら、兄さまの顔が見て~…。』
 盲目の、おりんの心の叫びである。

平太郎を演じながら、いつか私も
おりんと同じように兄さま(平太郎)の顔を見ることができたらと…見て会ってみたいなと、
そう思っている。
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by mop-okamura | 2007-05-27 12:09
一滴便り ②
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茅葺き舎の裏で、ツチノコ発見?

照明の藍ちゃんが、怪しいヘビを見つけたという。
草むらから尻尾だけ出てたのを見て(あっ!ヘビやっ!)…っと、先の方を覗くと、すぐ先がもう頭!?だったらしい。

なんじゃそれ? 短か過ぎるやろ…。

『絵 描いてみ、絵』(ちなみに、藍ちゃんのイラスト入り旅日記はめちゃくちゃオモロイ)、見てみると、確かにヘビらしくない。
子供のヘビにしては太過ぎるし、「獲物を呑んだマムシの子ちゃう?」という意見も出たが…柄が違う。形象的にはむしろナメクジにちかい。が、ナメクジに爬虫類の目はついてないし。
何じゃろね?

ツチノコちゃうっ!?

  『『え! ツチノコ!!』』

もし、ツチノコやったら懸賞金1億円やで!
むむむ、一滴文庫にツチノコ御殿、成るか!?
ポワポワポワ~ンとノン気な期待に、舞い上がる。
大自然の岡田地区。
 ありえないことではない。

『そういえば、昔からこの辺りの谷はマムシ谷と呼ばれてたけどツチノコが出たという話もあったな…』
 昔語りである。

もとめるヘビがなんだったか結局わからないが、う~ん(笑)、夢のある話でした。

(写真 ①) ツチノコ!?遭遇地 茅葺き舎の裏道です
(写真 ②) 藍ちゃんの目撃したヘビのイラスト。実寸、約10㎝
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by mop-okamura | 2007-05-26 23:00
一滴便り ①
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なんて早い!

あっという間に本番日の朝を迎えました。

一滴の合宿生活は、基本的に一滴文庫の敷地内から一歩も外に出ない、世間から途絶された生活なんで、朝日が昇って鶯の鳴き声が山々に木霊すると、「お。朝や』とモゾモゾ起き出し、陽が西山に傾き掛かれば、『さ。終いや。』と、一日の生活も終わりにして茅葺き舎にテクテク戻る。あとはテーブルや囲炉裏端で車座になって深夜までつづく宴会(笑)(他にすることがない(笑))。やんややんや。
まさに、鄙びた田舎の“一滴時間”の中で暮らしている。

今回の、竹藪囲い(舞台仕込みの一大イベントで、劇場裏の竹藪をイントレを組み回して囲い覆う)には、たくさんの協力があって、宿泊人数もこの日は一挙に倍近くになり、賑やかな宴会夜になりました。
中でも音響のSさん(社長ですよ社長)は、ほんまに今回は、竹藪囲いの為だけに来てはって、先頭きって高い足場にも駆け登る、その喜々とした大活躍!ぶりに、皆、感動 o(^-^)o
ライティング少女隊(?)の皆様もありがとう!

今回は午前中に竹藪囲いを始めたので夕方前には仕上がり、その後は、午後のホカホカの陽だまりの中、皆で“おりんの墓”(写真⑤)にお参りに行くことに。
今回の演目である『はなれ瞽女おりん』のモデルで、この岡田地区の阿弥陀堂に流れ着いた瞽女さんのお墓です。

途中、大きな麦畑の中を通る。

おおきな自然に包まれたやさしい時間の中に、今、私達はいます。

(写真 ①②) 麦畑
(写真 ③)  麦穂
(写真④)  大自然に包まれて。ちっちゃくて分かりにくいけど
      写真真ん中あたり、農道を歩く人形座の面々。
(写真⑤)  おりんの墓
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by mop-okamura | 2007-05-26 11:31
一滴入り
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福井県に来ています。
合宿稽古です。
一昨日の夜はなんだかストーブを焚くほどの冷え込みだったらしいが、昨夜はまだマシで、ちょっと暖か。

ここにくるとなんだかホッとするな~。

日中の紫外線の強さには閉口するが、“蒸んッ!”とする草いきれの中、心身ともに緑色に染まって、グリーンに透けていくような気がする。

リフレッシュして、
さぁ『はなれ瞽女おりん』の出発だ!
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by mop-okamura | 2007-05-22 23:19
人の心の、嬉しさ
すっかり『都をどり』の装置も一掃されて、なんだかずいぶんと様変わりしたね~祇園歌舞練場。久しぶり!
今日は「京の会」という記念舞踊公演があって、坂東流・若柳流・花柳流・井上流・藤間流など、色んな流派の日舞が舞い競われる。
まるで綺羅星のようだ。

21もの舞踊が披露されるので、セットの模様替えに大わらわで、じっくり舞台の踊りを拝見できないのが残念だが、袖中でかなりイッパイイッパイになってる時に、いきなり出演者から声をかけられてビックリ仰天!
びっくりした~!ほんま誰かと思ったよ!!

Uさんだ。 我らがボス猫も来てる。

慌ててプログラムを見直すと、『長唄/都風流』の舞踊曲に、聞き覚えのある お師匠さんの名が見える。
あぁ、そっか。お弟子さんだったもんね~。
それにしても、こんなとこで会うなんてね! 面白いね!

後で、Uさんが舞台袖の棟梁部屋に尋ねてみえて、何かな?と思ったら、前にテネシー・ウイリアムの作品に出演した時の“御礼”を頂く。
2年前になる。Uさんとこに客演で呼ばれたの。
私が、テネシー・ウイリアムの作品に出演した初めてで、作品名は『明日のことはわからない。』~二人芝居だ。日本語にまだ翻訳されてない作品だと聞いた。今もハッキリ、印象強く心に残ってる。

こちらこそ、本当にお世話になったんで、“お礼”というのが、なんだかピンとこない心持ちです。

あの公演から時間も経って、よけい、その心遣いが身に沁みて、ただただ恐縮し、有り難いこと…本当に、有ることが難しいことで、なかなかできないことだと噛み締めた。

(5月20日)
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by mop-okamura | 2007-05-21 13:04
祭の楽しみ
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[写真①] 壬生狂言 (4月29日)
[写真②] 神泉苑狂言 (5月2日)
[写真③] ゑんま堂狂言 (5月4日)
[写真④] 菅大神祭 奉納狂言 (5月13日)
[写真⑤] 葵祭 奉納狂言 (5月15日)

由緒ある城郭や寺社を巡るのが好きな人にとって、京都はもぅ~たまらない地だと思う。のだが、(いつでも行けるやん)と思ってるから、意外なことに、むしろ全然行けてない。こりゃ、たまらん。

行くなら、できるだけ森閑とした雰囲気の中を見て回りたいんで、時季外れの、できるだけ人の来ない時間を常に狙う。そうすれば、例えばお寺ならお寺の素のままの在り様(素顔のお寺?)に出会えるような気がするのだ。

でも、“ハレの日”の寺の顔も、なんだか晴れやかで、いつもとチョイ趣が違ってなかなかイイ。
(当然、人がめちゃくちゃ多くてたまらんが…)

祭の時のお楽しみのひとつは、奉納狂言。
まぁ、大きい神社だと舞殿や野外能舞台で、小さいとこだと境内とかでやってる。遠目に観ようと近くで観ようと、ふと立ち止まって耳を傾け、見飽いたらフッと自然に立ち去れるのがいい。

演者と参拝人が偶然出会い、ある時間をちょこっと共有する。

まさにそこは、ほんとの祝祭空間!

5月の京都は祭が多いのか、あちこちで奉納狂言が見られた。
ぐるりを取り巻いて眺め見る人々。老いも若きも、皆々の面相、ほころび見えて、なんだか目出度いような気分。

先週、Staffの方々を交えての再びの顔合わせをした『天守物語』

せめて今のうちに、参考に見とけとばかりに覗き見てみた奉納狂言でした。
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by mop-okamura | 2007-05-19 10:58
ふと、恩師
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ふと、目にとまった「恩師」の小文。

実家から転送されてくる高校の同窓会報。いつもは気にもとめずそのままポイッのことが多いんだけど、
なんとなく開封して、チラチラ斜め読み…

   ― あれ!? ―

一瞬、目でなぞり見て通り過ぎたを、慌てて引き戻して、もう一度目を凝らす。

    先生!?

よくみれば、多少、髪は薄くなった気はするが、全然昔と変わってない弓道部顧問のK先生。間違いない!
お~懐かしい。

 『進路指導と弓道と』 …フムフム

そうか…
もう退職されてたんだ…
今も毎日、弓道に親しまれてるのか…(素晴らしい!)
文面に目を走らせながら先生の声を思い出す。
いろんな光景を思い出す。
 (…先生と鳩のシーンは今もハッキリ目に焼き付いてます)
私も、ま、あの頃は生意気盛りの高校生。先生に反抗したり、からかっては喜んでたクソガキでした。

ちょうど今頃でした。

新入部員の私達が新芽息吹く光眩しい五月晴れの下、弓はまだ持たしてもらえず、ランニングや肉練で大汗かきながら、垣根越しに、薄暗くシ~ンとした道場(なんとも侵しがたい雰囲気!)を覗き見て、袴を着けて粛々と行射する先生や先輩の姿に憧れたのは。

 ―文中―
 (前略)…弓道上達のコツに「常に二段上を目指して稽古せよ」
    という教えがあります。…(後略)

(そうか。 そんな風におっしゃられてたかな。)
  …その辺はあんまり覚えてない。

最近の私は、身体は動いてるんだけど精神が春眠中(?)のようで、なんだかボケボケである。

先週、久々に道場に出た。

あの頃と同じ、真っ青な五月晴れが気持ちいい。

6本引く。そして6本外れる。

……よし!ええ感じや(笑)ま、今日はこのくらいにしといたろ

ふと今、思う。

 同じ日、先生もどっかの道場で弓を引いとらしたかな?(尾張弁)
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by mop-okamura | 2007-05-14 15:45
GW ②
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昨日の降水確率予報では100%雨だったのに、嬉しい誤報となって、今日はホント!暖く晴れて気持ちいい。

今日も、何処へ行こうか、いろいろ案を出すも、既にこれ迄に結構いろいろ行ってて…コレ!という極めつけがない。

時間はたっぷりあるが、皆、昨日の山登りで足が堪えてるので、あんまり歩かなくて観光できる小じんまりした雅やかな寺院を拝観しようということに、決まる。(が…、どっか、あるやろか?……う~む………ん!?……(おぉ…!}v(`∀´v)

突然ひらめく!

   常寂光寺 ~☆

嵯峨野よ嵯峨野っ!
  奥ゆかしの土地。

オレ的には、あんまり知らん寺だけど、
藤原定家が小倉百人一首を選定した時雨亭のあった所であるらしく、ここ小倉山は歌枕の地で有名なのであった。

…って言うより、
突然この寺に行きたくなった理由は、先日の“都をどり”の弟六景「嵯峨野紅葉」の背景画がこの常寂光寺で、その構図や描き方がすごく印象に残ってて、(実際はどんな所なんだろう~?)と、いずれじっくりと訪れてみたいと思ったのを思い出したからだ。

来て良かったよ ♪

紅葉もいいけど、新緑に輝く梢の間を、青い影を踏みながら一段一段登る高い石段。

 ~♪ 小倉の山のォ 裾近く~ 四方の紅葉 いろどりて 和歌の
    心を 伝うなり ~♪ (長唄)

今だにゆっくりと耳残る唄と舞妓さんの“をどり”を断片的に思い出しながら、背景画では仁王門の門中へ描き消えていくように描かれてあった石段を、今、登ってゆく。

いつのまにか背景画の常寂光寺の中にいる、私。

絵の中では描かれ無かった石段の頂上に至り立つ。

つと、振り返れば…

 都の眺望
  目前に広がりて
    高鳴る三味の音を聞く気がした。

(5月5日)
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by mop-okamura | 2007-05-06 18:08
GW ①
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GWを利用して実家から家族が遊びにきた。好例の京都観光。
リクエストは、鞍馬山だ。

案内(あない)してしんぜる。

学生ん時に登ったきりで久々だったけど、かなり峻険な山に違いなく、標高距離はそんなにあったとは思わないが勾配がかなりキツくて、親の足には堪えたよう。

「奥の院」まで足を踏み入れれば、さすが魔境と言われるだけのことはあって、山に仙気が溢れ、なんだか“気”が充溢してて怪しい気配が漂う。でも妖気とかじゃなくて、言ってみれば、やおろずの命の気配とでも言うべきもの。
いかにも天狗が出そうな所だ。

“木の根道”は、牛若丸が鞍馬天狗と兵法の稽古をした場所で有名

岩盤が固くて木の根っこが地中に入れず、地表に浮き出てしまったその様(写真⑤)は、まるで蛇がのたうってるようにも見えて、その印象的な奇観はよ~く覚えてたけど、今回、木の根の狭間に動く、ホントの蛇(!)を踏みつけそうになり、思わず声をあぐ。
茶色のヤマカガシかな?1m位のやつ。どうせなら真っ白の白蛇とか神々しいやつを見たかったな。(見たらそれでも声あげるけど)

暮れなずむ神の山を後にして…

今度はオレのプレゼンで、
えんま堂念仏狂言(←京都市の無形文化財)を観に連れ行く。
「にせ地蔵」と「道成寺」の2演目を観た。

野天席だから顔を撫でつける夕風が気持ちいい。

えんま堂の狂言は初めて観たけど、無言劇の壬生大念仏狂言と、大蔵流狂言の中間みたいなカンジやな~。
壬生狂言と同じように、面を付けて演じられるんだけど、無言劇ではなく、ちゃんと台詞がある。ただ演じる型や様式、台詞の口跡はかなり自由で、なんだか狂言風の「漫才」を見てるようやった。可笑しかったわ。アドリブもいっぱいだったし。

家族には「にせ地蔵」がオモロくて好評だった。「道成寺」は途中、テンポがなくて、ちょっとダレ気味、1時間の上演時間を45分ほどに刈りこめば、もうちょっと観やすくなるのに…
    という感想でした。

オレもそう思った。

(5月4日)
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by mop-okamura | 2007-05-06 17:48



岡村宏懇のブログ
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